代表取締役 早川諒
設立 | 2014年10月 |
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事業内容 |
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会社HP | http://www.ahgs.co.jp/ |
”仕事をする”ことの考え方
私はずっと音楽をやっていて、10代の頃から、一生涯、
音楽で自分を表現して生きて行こうと思っていました。
なので、高校や大学に行く必要性を感じませんでした。
なんとなく既存のレールに乗って何も考えずに皆と同じように高校に進学をする、
という事は考えられなかったですね。
必要なことは大学に行かなくても、本人の努力と意識次第で学べます。
辛くても、苦しくても必要なことは自分で勉強して、自分を成長させながら、
音楽に人生の総てを捧げたいと考えていました。
こうして中学卒業後は、音楽活動を行い、
フリーランスで作曲をして、楽曲提供するという仕事をしていました。
ただ、それだけですと安定した収入はなかったので、
同時に生活の為にアルバイトをする日々。
アルバイト生活は、音楽という基盤があった私にとって、
10代の頃は「つまらない」「無駄な時間」であり、「生活の為に仕方なく」やっていました。
しかし、そんな生活の中で、
「ただ生活するためだけに仕事をすることほど人生で無駄な事はない。」
「どうせ仕事をするのであれば、その時間を死ぬ気で努力して、目の前の事で実績を積み上げたい。」
「仕事の時間をなんとなく過ごす事は、自分自身の夢を汚す行為でもある」
と考えるようになったのです。
誰もが人生の大半の時間を仕事に費やしている。
それであれば、そこで自分を表現したい、何かを実現したい、
利益を出して会社に貢献したい、という想いが湧いてきたんですね。
こうして、努力と実績が収入に直接反映される仕事がしたいと思うようになり、
22歳の時に東証1部上場企業の営業会社のコールセンタースタッフとしてアルバイト入社し、
音楽をしながら、限られた時間での営業で自分の成果に応じた報酬をもらっていました。
“誰か”のためにやり遂げる力
私の最終学歴は中卒なのですが、
中卒という学歴をすごく誇りに思っています。
15歳から社会人なので、大卒で仕事を始める人たちより7年間分長く、社会人経験を積んでいる。
15歳の時から、自分が今を生き抜く為に仕事をしなければいけない環境に身を置き続けて来ました。
学歴で仕事に就けない分、自分の強みを見つめ、鍛え上げ、
磨き上げる事で自分の社会的価値を高める事を常に意識をするようになった事も大きいです。
普通30歳くらいで経験を積み感じるような事を、
私は単純計算で23歳くらいで経験し、感じて来ている。
それは絶対的なアドバンテージだと今でも強く感じています。
そんな中、アルバイトとして入社した会社で、学歴や年齢などは一切関係なく
数字が絶対の評価基準である営業職に携わりました。
当時一緒に入社した他の同期たちは、年齢も若かったですし、
「なんとなく時間が過ぎて、なんとなく時給をもらえればいい」
と考えている人が多かったと思います。
私は前述の通り、「仕事で結果を出す」事に強い拘りを持ち始めた時期でもありましたので、
限られた時間でどう圧倒的な成果を出すか、ということを徹底的に意識し、
アルバイトでありながらも、
正社員の人たちよりも常に高いパフォーマンスを発揮したいという想いでした。
その想いもあり、当時トップレベルの営業成績をおさめていました。
ただ、どうしても、一定以上の結果は出しながらも、
個人成績で全国1位を取ったりという経験は出来なかったのです。
これはまだまだ自分に対する甘え、覚悟の無さがあり、
「必ずNo.1になる」
という決意などは希薄で、ある程度の位置で満足している自分がいたからだと思います。
そうした中で、個人プレイヤーを卒業し、会社から1つの営業チームを任せてもらいました。
そこで部下を持ち、部下の人生を背負い、部下の夢を共に追いかけていく。
部下と一緒の時間を過ごし、全力で泣いたり笑ったり感動を分かち合う。
そんな、人生を変える程の大きな経験をさせて頂きました。
自分のチームを持つことで、初めて私は、「ある程度で良い」という甘い考えを捨て去り、
必ずこの部下たちと最高の結果を出し、最高のチームを創り上げ、
部下一人一人の人生に貢献したい!という強い覚悟と自覚が生まれました。
そして全国1位の結果を出すチームを創り上げることが出来たんです。
自分の為だけには中途半端な覚悟しか持てず個人成績では1位になれなかった私が、
部下の為、チームの為、人の為にやり遂げたい、という絶対的な決意を持ち、
チームリーダーとしては全国1位になった。
その時に感じたのは、
「誰かの為に頑張れる力」
「自分の為だけではなく、人の為に突き動かされる力」
というのが、私にとっては非常に大きな衝動となる、ということです。
今でも当時の仲間たちには感謝の念しかありません。彼らが私が支え、私を変えてくれたのです。
そこから、100人以上の社員のマネジメントを任せられるようになり、
25歳の時に正社員としてマネージャーという立場で入社しました。
今のAHGS NEXTの設立時から創業期を共に支えてくれて私についてきてくれた立ち上げメンバー達は、
私が25歳の頃の前職での部下達が殆どです。そんな一生の仲間たちとの出逢いも果たす事が出来ました。
「夢」と「人」につながる仕事
前述の営業会社に勤めていながら、数々のチャンスを頂いて来たのですが、
その後27歳でその会社の子会社の代表に就任させて頂き、
そこでPLやBSなどの経営指標を達成させていく責務を負い、経営における基礎的なノウハウを学ばせて頂きました。
そういった貴重な経験を積ませて頂きながら、
「自分自身が社長になる」と人生を決めたのが27歳の時です。
こうして「30歳で起業する」ことにしました。
ですが当時は、
「何か大きなことを成し遂げたい」
という想いは強烈に強くあったのですが、
具体的に何をやろうかというのは、全くありませんでした。
ただ1つあったのが、
東証1部上場企業の営業会社で働いて来た私は、「利益」を追求する事を
20代の間ひたすら行って来たのですが、30歳からの自分の会社では、
「利益」よりももっと大きな物を追求する人生を送りたい、と思っていました。
「利益」より大きなものとは何か?
それを考えた際に浮かんだ原風景が、初めてコールセンターで自分のチームを持ち、
大きな結果を出し仲間たちと感動を分かち合ったあの日々です。
「夢」と「人」。
それが私にとって、最も大きな二つの事だと言う事に気がつきました。
そしてそれを大切にできる会社を創ろう。そしてその会社の経営に一生を捧げよう、と決めました。
具体的な起業計画を策定する前に、まず、この「夢」と「人」につながる仕事である、
というヴィジョンは明確に決めました。
留学業界に新しいスタンダードを創り上げる!”0円留学”の仕組みについて
「夢」と「人」に繋がる仕事。そこで出てきたもう一つのキーワードが「世界」です。
海外に訪問する機会を度々得ていた私は、
東南アジアの発展途上国でのストリートチルドレン達との出逢いを通じて、
これからの「世界」に貢献出来る仕事がしたいと想い始めました。
そして、「海外での教育事業」というものが、まさに「夢」「人」「世界」の総てを繋げる、
私自身が人生の総てを賭けて一生涯を捧げる事が出来る事業だと確信しました。
そうして、幾つかの海外を訪問した結果、その中でも最も私を魅了したセブ島で、
「留学生向け英語学校」と「現地の外国人向け日本語学校」の2つの学校を設立することにしました。
そして、英語学校はただの学校ではなく、
タイトルにもある「0円留学」という留学業界に風穴を開けて新しいスタンダードを創り上げる、
というコンセプトの留学プランがメインとなっています。
この”0円留学”はその名の通り、
セブ島留学が、学費と宿泊費0円で出来る、というプランです。
(※航空券代や滞在費用、諸経費等は自己負担。詳細は学校HP等ご確認ください。)
その仕組みはいたってシンプル。
“0円留学”でセブ島に留学して頂いている間、
1日の半分は英語のレッスンを、もう半分は現地のコールセンターで
お仕事をして頂くというものです。
コールセンターでのお仕事は日本語での対応なので、現在の英語力を問わず、
どなたでも挑戦し、活躍出来る留学プランとなっています。
当社がこの”0円留学”をはじめたきっかけは当社のテーマとしている考え方である、
『「夢」と「人」のつながり』によるもの。
「お金がなくても本気で英語を学んで自分の夢を叶えたい」
「英語を学ぶことでもっと多くの人と出会いたい」
「海外に飛び出し生活をする事で新しい世界を知りたい」
そんな願いに少しでもお答えしたいという想いのもと、事業を立ち上げ、
誇りを持ち学校経営をしています。
新たなる挑戦へ
当社で現在行っているメイン事業は3つ。
「英語留学学校」「日本語学校」「コールセンター事業」
このすべてが夢と人にフォーカスされて行われています。
学歴、経歴、経験、資格や今までの環境は一切関係なく、
誰もが挑戦し夢を叶えられるチャンス。自分を成長させられるチャンス。
多くの魅力的な人たちに出逢えるチャンス。新しい言語や文化に触れて自分自身を変えるチャンス。
というものを本気で提供して行きたい。
そのために、セブ島の事業を今後も中心としながら、
今後はオーストラリアを初めとした、他国への事業進出や、日本国内でも更なる事業の拡大を果たし、
より多くの方の夢の実現や人との出逢いを創出していければとても嬉しいです。
学生へのメッセージ
私が学生の皆さんに是非伝えたいことは3つあります。
1つはまずは「行動こそが総ての始まり」ということです。
よくいわれる「PDCAサイクル」というものがありますが、
私はあれを否定しています。私は「DCAPサイクル」こそが正解だと常々言っています。
なぜなら、ほとんどの人は
「P」つまりプランを立てる事に一生懸命で、その先に進めていません。
素晴らしいアイディアやプランを持っている人は今まで数え切れない位、出逢ってきました。
ですが、そのアイディアを今現在既に実行に移している、という人は、僅かしかいません。
「D」つまり行動こそが大事。まずは動き出すことが大事なのです。
それは、考えずにただ動け、という事ではありません。
1周回って最高の「P」プランを創り上げる為にも、
まずは動き出して、動きながら考えていく事こそが重要だと考えています。
2つ目は、「海外に出ろ」ということです。
私は20代の間ずっと東京で仕事をしていましたが、
30歳から海外で仕事や生活を始めて、
本当に海外には人生を変えるチャンスが無数に存在すると感じています。
日本国内の常識や慣習も通じない。言語や文化も違う。
それまでの価値観を一変するような経験や人との出逢いが幾つもありました。
学生の皆さん、特に起業を考えている方は、
是非海外に出てみて、色々と挑戦できる環境を見つけてみてほしいですね。
3つ目は、「今この瞬間、目の前のことから逃げずに実績を出せ」ということです。
今現在、目の前の事に全力で打ち込んで実績を残すことが出来ない人は、
何をやっても何も成し遂げられないと私は思います。
学生であれば学業でもいいし、アルバイトでもいいし、何でも良い。
それがやりたい事かやりたくない事か、なんて考えてる時間も勿体無い。
やりたくない事でも本気で実績出せる人間のみが、その先に「本当にやりたい事」と出逢えて、
その時に本当に実績を出せる人だと思います。
遠い漠然とした夢をなんとなく語る前に、まずは今この瞬間の実績を出す。
その成功体験の積み重ねこそが、
自分の人生を飛躍させて大きな夢へと繋がって行く唯一の道だと思います。
人生とは夢を叶える為にあります。
総ては自分次第。私はまだ何も成し遂げてはいませんし、何の満足もしていませんが、
自分のやりたい事を100%やって自分の夢に向けて突き進んでいるという意味では今とても幸せです。
是非、皆さんも大きな夢に向かって羽ばたいてください。
《 AHGS NEXT inc. 代表取締役 早川諒 》